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14thアルバム『遥かなるまわり道の向こうで』の4曲目に収録。

遥かなるまわり道の向こうで
アーチスト: KAN
発売元: アップフロントワークス(ゼティマ)
発売日: 2006/08/30
posted with Socialtunes at 2006/08/01

EPCE-5422
税込:3150円

関連エントリ
SEIによる『小さき花のテレジア』のカバー
http://sei.lovely.to/archives/002679.html

(06/10/26)
>恥ずかしながら、SEIがカバーさせていただきました

CMの後に、ファーストインプレッションを載せています。興味のある方は、どうぞ♪

続きを読む "『小さき花のテレジア』/KAN"

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『小さき花のテレジア』のファーストインプレッション

リジューのテレーズ - Wikipedia

【小さき花のテレジア】とは、100年ほど前のフランスの修道女「幼きイエスのテレーズ」のことだそうです。病気のため24歳という若さで亡くなっています。短い生涯のなかで母や姉を早くに亡くし、体が弱い自分なりに神への愛情を表現することに一生を尽くしていたことから、KANさんもそうなんだと思いますが、今なお多くの人々に愛されています。

この楽曲を僕は、KANさんご夫妻が2002年に日本を離れ、フランスに移住する際に、ふたりで最後に訪れた河川敷の光景、というイメージで聴いています。(実際最後に訪れているかどうかはわかりませんし、想定している設定自体が間違っているかもしれませんが)

河川敷になにかしらテレジアの像なり絵画なり、関連するものがあったのかどうかはここからはわからないのですが、別に具体的な何かがなくても、精神的にテレジアを愛することができれば、そこにはなにもなくても良いのかもしれません。とにかく、これまで暮らしてきた日本と、これから暮らすフランスとを繋いでくれる象徴として、小さき花のテレジアがKANさんの中に居たのかな、と解釈しています。

「愛すべき街にさよなら この爽やかさはなんだろう」

この感覚は、引っ越し経験をお持ちの方はすごく共感できたのではないかなと思いますが、僕も類に漏れず、共感です。たしかに離れるのが寂しいとか辛いとか、そういう感覚もあるかもしれませんが、いざ最後の最後のさよならのときというのは、妙に河川敷に行ってみたくなったもんです。

僕もたしか2000年の就職直前当時、大阪から引っ越しして関東にくる直前のある日、大和川の河川敷に一人で意味もなく行ってみたりしました。大和川って日本で2番目に水が汚い川として当時有名だった(今はどうだろう?)んですけど、このときは春先で、心地よい風が吹いていて、川の水が汚いとかそういう感想もなく、ただその爽やかな雰囲気に身を任せていたのを憶えています。河川敷って、普段の街の風景と違って視界が開けていて、いろんな見えなかったものが見える気がして、気持ちを整理するのにとても良い場所だと思っています。

KANさんの場合、グラウンドとかがあるってことは、やっぱり多摩川なのでしょうか?

「悲しい嘘や さみしい歌は ゆっくりつづく川に放して」

で、それまでに作った悲しい寂しい系の楽曲も全部まとめて、フランスには持って行かずに一旦日本に置いていくというふうに読み取れましたが、フランスから日本に帰ってきて、その川に放した楽曲をちゃんと拾い上げて、フランスで感じた新しい季節で色づけした形で、今後も歌ってくれるんだと信じています。はい。

3分足らずの短い楽曲に、そんな爽やかな風景をいっぱい詰め込んだ、素敵なやわらかポップスです。

ご本人も言っている通り、「秋、多摩川にて」「Songwriter」「小羊」に続く「多摩川サウンド」の第4弾。いわゆるピアノの16分アルペジオが印象的な楽曲なんですが、イメージは「秋、多摩川にて」に一番似て、ほぼ全編アルペジオで通しています。

で、単純なアルペジオかと思わせておいて、やはり後半はどの楽曲とも異なることをやっています。「この街はたぶん変わらない」(以下、KMTK)のあたりのピアノのフレーズは、弾き語りやさんにとっては相当泣かされる部分です。

普通のアルペジオの部分ならば、基本的にコードを押さえられる人であれば、そのコードを構成している各音に分解して16分のリズムに乗せるだけであるため、指に覚えさせておけば勝手に奏でてくれます。つまり、歌に専念することができるんです。

が、この「KMTK」のバックで流れるピアノのフレーズは、コードバッキングでないだけでなく、そのフレーズ自体が歌のメロディと全然違う動きをしているという特徴があります。つまり、歌にも専念しなきゃいけないけど、ピアノを弾く指が覚えさせるのも結構難しいからなかなか歌に専念できない部分なんです。この楽曲を弾き語りたいと思う人々は、この2小節足らずのために、間違いなく悪戦苦闘するんです。もちろん僕も(笑)。

総じて、KANさんが発売前に金曜コラムで言っていたとおり、「美しい曲」です。この表現以上でも以下でもない、もっともこの楽曲を表現するにふさわしい言葉だと思います。

【06/09/02 16:40追記】

もしもここで、奥さんの洗礼名が【小さき花のテレジア】だとすると、もっと話の通りが良いのですが・・・特に最後にもう一度河川敷に降りるシーンとか。最初は、あの歌詞で、小さき花のテレジアを感じに行ったのは、自分のためだと思っていたんですが、この設定ならば、奥さんのためでもあるのかもしれないんです。ね。

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